地球ことば村
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モンゴル諸語

 モンゴル諸語とは
 かつてユーラシア大陸に大帝国を建設したモンゴル族の言語、モンゴル諸語はいまでもモンゴル高原を中心に広い地域のあちこちで使われています。その主なものは次のようです:

ハルハ・モンゴル語:モンゴル国(首都ウランバートル)の国語、話者数 約220万人
内モンゴル語:中国内蒙古自治区を中心として、チャハル方言に基づく、話者数 約350万人
ブリヤート語:バイカル湖周辺のブリヤート共和国、話者数 30数万人
オイラート語:中国ウイグル自治区、青海省など、話者数 20数万人
カルムイク語:ロシアのボルガ川下流カスピ海沿岸、話者数 10数万人
その他、ダグール語など(地図参照『言語学大辞典』第4巻1992「モンゴル諸語」(栗林均担当)から)

  モンゴル諸語は、広大な地域に分散した小さなモンゴル系の小言語を含めると、全体で500万人とも600万人の話者がいるとも言われます。また言語の数も 数十にのぼります。大言語です。この方言を西方言、北方言というように、方向別に分ける分類方法もありますが、定説がありません。

  モンゴル国と中国内蒙古自治区の言語がモンゴル諸語の中心です。この二つのモンゴル語は、語彙についても文法の特徴についても共通するところが多いのです が、表記法が違います。中国内蒙古自治区では、古来の蒙古文字を改良した現代蒙古文字を使っていますが、モンゴル国ではまだキリル文字が優勢です。

蒙古文字とモンゴル文字

  モンゴル人は大帝国時代からウイグル文字を転用した古蒙古文字を使っていました。その最古の記録は「チンギス・ハーン碑文」(1224/1225)です。 中国内蒙古自治区ではこの文字を改良して現代蒙古文字を使っています(図1 現代蒙古文字『言語学大辞典』別巻2001から)。なお蒙古文字には習字があ ります。その例はサイトバー「モンゴル・ブフ・クラブ」http://www.geocities.co.jp/SilkRoad- Forest/2609/の表題をご覧ください。

 一方、旧モンゴル人民共和国(現モンゴル国)では1946年以降キリル文字に いくつかの字母を加えたモンゴル文字が使われてきました。しかし旧ソ連崩壊に伴って1992年にモンゴル国を建てて以来、学校やジャーナリズムの分野でロ シア風の文字を旧来の蒙古文字に改めようとしましたが、今のところなかなか成功していないようです。
 またブリヤート地域では早くからロシア人との交流があったので、1939年以来ずっとキリル文字系の「ブリヤート文字」を使っています。

モンゴル語音の特徴
 ハルハ・モンゴル語を例にとりましょう。この言語は、短母音10,長母音7,それに二重母音をいくつかもっていますが、それを三つの系列に分けます。

張り母音:a,a:,ai,ua,uai,_,; u,u:,ui,_; o,o:,oi,_(a,o,u系母音)
緩み母音:e,e:,i; _, _:, _i; _, _:, _i(e,i,_,_系母音)
中性母音:ォ,_(中舌母音)

(表記は『言語学大辞典』「モンゴル語」(栗林均)によりました。以下同様)
 モンゴル語の名詞や動詞は接尾辞を付けていくつかの音節を作りますが、語頭の核になる語根がa,o,u系母音で始まると、第二音節以下はa:,o:, e:,_か中性母音で音色が一貫します。語根の第一音節がe,i,_,_系母音であるときには、語形全体がai,oi,e:_iか中性母音で色づけされま す。注目すべきは語根の第一音節がoか_の場合です。このとき、oでは、第二音節以下では、o:,oi,uか中性母音、_では円唇性の_, _i, _か中性母音が続くという制約があります。o 対_で制約が厳しいのは何となく古代日本語の特殊仮名遣を思い出させます。このように一語内で類系列の母音か中性母音しか許されないという規則を母音調和 と呼んでいます。簡単な例をあげておきましょう(同上から引用)。

Gar-a:r(手で)、us-a:r(水で)、m_r-o:r(馬で)、i_-e:r(柄で)、__d- e:r(歯で)、x_l-_r(足で)など。ここで-a:r, -o:r, e:r, _rはすべて助詞の「で」を表します。

  モンゴル語では子音の閉鎖音と破裂音でも張り(fortis)と緩み(lenis)の区別があります。またRとLとを区別しますが、Lはドイツ語などのL と違って、舌先を立てるだけでなく、舌の両側面から軽く息を抜く音を響かせます。hだけでなくもともとはfもなかったといのも珍しい特徴です。

 モンゴル語の音を実際にお聞きになりたい方は、わずかですが、特集「モンゴル相撲ブフ」を開いてみてください。

モンゴル語の語形変化の特徴
 モンゴル語の名詞では語幹が抽象的な名指しとして単独に現れます。しかし名詞句を作るときには名詞の語幹に少なくとも数、格、所属を表す語尾が付きます。例えば、

 ax + nォr + tai +  t_en
兄 達 と あなたの (あなたのお兄さん達と)

 格の接辞は7~8あります。主格は語幹のままですが、直接目的格(=対格)は-(i)gでマークされます。また不定格と呼ばれる格があって、これは主格と同様に語尾なしです。代名詞にも同様の形態の格語尾がつきます。

 モンゴル語の動詞は大変複雑です。動詞の形は、第一に、コトの次第を表現する形と願望や命令を表す形とに分かれます。それぞれ叙述形と希求形とでも呼んでおきましょう。第二にアスペクト形と副詞形とがあります。これは栗林さんがそれぞれ形動詞形、副動詞形とも呼んでいるものです。それぞれについてそれぞれの機能形態から一例だけあげましょう:

語幹:ir-(来-)+語尾
叙述形から:体験過去形 ir-le:(来たぞ)vs. 伝聞過去 ir-d_e:(来たそうだ)
希求形から:命令 ir(来い)vs. 懇願 ir-ォgt_ng(おいでください)
アスペクト形から:完了 ir-sォng(来てしまった)
副動詞形から:条件 ir-bォl(来れば)

 特に、叙述形では動詞は時制を表しますが、未来と現在が一つなっているのは日本語のル形を思い出させます。ただ過去形が単純過去・体験過去・伝聞過去の三種類を持つことがおもしろいところです。

  このように動詞は4類の機能の分かれて、それぞれいくつかの異なった語尾を付けてさまざまな様態を表します。それに加えた使役態、受動態、相互態、共同態 などの区別をしたり、日本語の「見てくる、見ていく」などのようにいくつかの基本的な意味を持つ動詞と組になることもあります。膠着的な動詞の屈折という ものがどんなに豊富なヴァライティをもつものであるかを教えてくれるようです。

 モンゴル語のシンタックスについてはまだ十分な研究がなされていないようです。語彙とその意味についての研究も知られていません。ともに面白い問題があると思われますので、研究を期待したいと思います。

《金子亨:言語学(2006年掲載)》