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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

ヘブライ文字 英 Hebrew script


ヘブライ文字は,フェニキア文字の字形的特徴をほとんどそのまま保ちつつヘブライ語の表記に用いられ,パレスチナ出土の前 10 ~後 2 世紀の刻文や「死海文書(Dead Sea Scrolls)」の一部にその証拠を残す「古ヘブライ文字(Paleo-Hebrew script)」と,同じくフェニキア文字から派生した帝国アラム文字がユダヤ人(=ユダヤ教徒)によって借用・変形され,紀元 100 年頃にほぼ完成した「方形ヘブライ文字(Square Hebrew script)」とに大別される。後者は,現在,イスラエル共和国のヘブライ語だけでなく,世界各地に散在するユダヤ人の共通言語たるイディッシュ語や,一部のスペイン系ユダヤ人のラディノ語,アラビア語地域のユダヤ人のユダヤ・アラビア語(Judeo-Arabic)等の表記にも用いられる。方形ヘブライ文字がユダヤ教の経典『(旧約)聖書』の文字だからである。→ 松田,図はトーラーの例で,慶應義塾図書館所蔵のものである。

古ヘブライ文字

ゲゼル農事暦

現在知られている最古の資料のうち,どうにか意味が読み取れるのは,前 10 世紀後半に当時のイスラエルの都市ゲゼル(Gezer,列王記上 9:16)で書かれたと推定される「農事暦(Gezer Calendar)」で,石灰石の小板に刻まれた 60 個あまりの文字は稚拙ながら,当時のフェニキア語,アラム語,モアブ語の碑文と同じ文字である。ヘブライ語の話し手はカナンにおいて,おそらく前 12~前 11 世紀頃,そこで使われていたこの文字を自分たちの言語の表記のために採用したと想定される。→ 松田 → Biblical Archaeology


メシャ碑文

メシャ碑文(19 世紀には「モアブ碑」として知られた)は黒い玄武岩の石碑で,紀元前 9 世紀のモアブのメシャ王によって作成され,1868 年に発見された。34 行から成るこの碑文は,古ヘブライ文字で記述されたものとしては,古代イスラエルから回収されたもののうち最大のものである。それはメシャによって,紀元前 850 年ごろのイスラエルに対する反乱における勝利とモアブの独立を記録し記念するものとして,彼の元主君であったアハブの死後に作成された。→ メシャ碑文
同時代のフェニキア文字に対するこの書体の特徴は,l の頭や k m n p の尾を右上ないし左下に長く伸ばし,その他の字母は頭が左側に傾斜しがちなことである。→ 松田 → 模写図 The Moabite Stone

サマリア出土の陶片

サマリアの遺跡で 1932 年に出土した陶片(10 × 7 cm),黄褐色の釉薬のかかった皿の破片に彫り付けたもの。左側は破損。前 722 年のサマリア陥落直前のものとされる。末尾に,数を表す縦線の右に計量単位(?エファ=約 23 リットル)らしい記号が見られる。句読点はない。→ 松田。→ Samaria Ostrac
《試訳》
(1)バルク,平安あれ[ ]
(2)バルク,彼らを飼え,注意せよ[ ]
(3)数えられよ,大麦3エファ(?)

シロアム水道の壁文

エルサレム神殿跡の南東部ギホンの泉(現在,マリアの泉)から南のソロアム(ギリシア語 Siloam,ヘブライ語 Sioah)の池(ヨハネ福音書 9:7)に至る,蛇行して地下水道内の出口付近の平らな岩壁に刻まれているのが,1880 年に発見された。左右の長さ 66 cm,幅 23 cm 。この水道はユダの王ヒゼキヤ(前 728 ~前 700 在位)の造った水道と同定され,壁文のヘブライ語と文字もその時代を証明する。メシャ碑文と同じく,語と語は点で区切られている。最も有名なヘブライ語碑文の一つ。→ 松田 → 模写


ラキシュ陶片

ラキシュ(英語: Lachish,ヘブライ語: לכיש‎,ギリシア語: Λαχις)は,かつてパレスチナに存在した都市である。エルサレムの南西 45 km に位置する。1929 年,エウセビオスの『聖書における地名(Onomasticon)』の記述に基づき,ウィリアム・オルブライトはラキシュの位置を当時のテル・エド・ドゥウェイル(Tell ed-Duweir)に比定した。ジェームズ・L・スターキー(James Leslie Starkey)らによる 1932 年からの調査の結果,1935 年に古ヘブライ文字の陶片(オストラコン)が発見され,オルブライトの説が裏付けられた。このラキシュ文書と呼ばれている陶片は,ラキシュとエルサレム間の連絡将校ヤオシュに送られた軍事上の公文書である。それらの文書からユダ王国陥落直前の様子が明らかにされた。→ ラキシュ

アラド陶片書簡

イスラエル南部の砂漠の中のアラド(Arad,民数記 21:1)遺跡から出土した前 600 年頃の,葦のペンに墨をつけて書いた陶片書簡群の一つ(9.9 × 7.5 cm)。3 行目と 7 行目の数を表す線の前の b (=バト),D (=ホメル?)は量を表す記号であろう。語と語はやはり点で区切られるが,完全ではない。
《試訳》(1)エルヤシブに,そして(2)いま,キッティームに与えよ,(3)3バト(約70リットル)の葡萄酒を,そして(4)日の名(日付)を書け。(5)そして(6)最初の(5)粉の残りのうち(7)1ホメル(約230リットル)の粉を(驢馬に?)乗せるがよい。(8)(彼らが)自分たちのために(9)パンを(8)作るために,(10)壷の(9)葡萄酒を与えるがよい。→ 松田

方形ヘブライ文字

聖書写本などの宗教文書や墓碑は伝統的な方形の楷書体(formal hand)で書かれたのに対し,手紙や覚書などの日常的な書き物は,早く書くために各字母が丸みを帯び,ときには字母どうしを続けて,草書体(cursive hand)で書かれる。一方,草書体のように続け書きされることはないが,楷書体のように角張ってもいない,行書体(semi-formal hand)ないしラビ文字(rabbinic acript)も作られた。これらの書体がいずれも方形文字を崩したものであることは,歴史的に跡付けられる。しかし,字形はすでに方形ではないので,厳密には楷書体だけが方形文字と呼ばれる。楷書体は現代まで約 2 千年もの間,基本的な字形を変えることなく続いたのに対し,非公式の行・草書体は,各地のユダヤ人共同体の間で,それぞれに特徴のある様式が生まれた。→ 松田

死海文書

死海文書のヘブライ語・アラム語を記した文字は,写本によって少しずつ異なる書体を示すが,古文字学的研究によって 3 つの時期に分けられる。すなわち,前 250~前 150 年頃が第 1 期,前 150~前 30 年のハスモン朝時代が第 2 期,前 30~後 70 年のヘロデ時代が第 3 期である。第 1 期はエレファンティーネ・パピルスのそれにきわめて近く,それに対して第 3 期にはほとんど完成した方形文字が見られる。→ 松田

第 1 期:「レビ記」の巻物の断片 → ヨセフ・ナヴェー

第 2 期:「神殿の巻物」(11QT)→ Hebrew Scripts

第 3 期:楷書体 「戦いの書」(1QM)→ Hebrew Scripts

行書体「ホセア書註解」(4Q166)Hosea Commentary

死海文書では,神名 YHWH に限って古ヘブライ文字を用いた。「ハバクク書」(1WpHab)→ Hebrew Scriptse-homo religiosus

シェケル銀貨

第 2 次ユダヤ戦争 2 年に作られた。表面(左図)中央の盃の上にヘブライ文字で šb (šnh b 「第 2 年」の略),その周りに šql yšr'l 「イスラエルのシェケル」。ザクロの花を刻んだ裏面(右図)の銘は yrwšlym hqdwšh 「聖なるエルサレム」と読める。→ 松田 → Hebrew Scriptsシェケル銀貨

アシュケナジム式方形文字

一つの単語を 2 行にわたって書かず,それゆえハイフンを用いない習慣は,死海文書においてすでに確立している。そのため,手書き本で行末が揃わないことが起こるので,', h, l, m, t の 5 字は行末で幅を広げて書くこともできる,という習慣が 6~7 世紀頃に起こり,美的意図のものにしばしば用いられた。現代の標準的な草書筆記体は,この系統のものである。左図:Yiddish version of the Book of Esther in Ashkenazic cursive script, 1631. 右図:Extract from the tractate Avot in Ashkenazic square script, 1432. → Hebrew: History of the Aleph-Bet

Ashkenazic scripts

ラシ書体

この書体は,ラシ(Raši,11 世紀後半のラビ,シェロモ・ベン・イツハキ Rabbi Šelomo ben Yiṣḥaqi の略称)の聖書註解書の印刷活字の母型とされたために「ラシ書体(Rashi script)」と呼ばれる。ラシ体は,中世スペインのセファルディーム(中・東欧系ユダヤ人に対立するスペイン系ユダヤ人の総称)によって用いられていた筆記体(セファルディー筆記体 Sephardic cursive script)に似せて作られた書体である。 → 上田 → Hebrew Scripts → Rashi Script

Rashi script

セファルディー体

セファルディー体は,主にスペイン・ポルトガルまたはイタリア,トルコなどの南欧諸国に 15 世紀前後に定住したディアスポラのユダヤ人が用いた書体。

楷書体  → Hebrew Scripts

筆記体 → 上田


現代の書体

筆記体世界人権宣言 第1条

活字体

【Omniglot.com】

古ヘブライ文字と方形文字の変遷


1 Phoenician script - inscription from Kara-tepe. (Cylicia, 8th century BC). 2 Moabite stela of king Mesha (circa 850 BC). 3 Paleo-Hebrew script from the 8th century BC. 4 Siloam Inscription (circa 700 BC). 5 Lahish ostracon (6th century BC). 6 Elephantine papyri (circa 400 BC). 7 Contemporary Samaritan script. 8 Temple Scroll from Qumran (2nd century BC). 9 DSS (100 BC). 10 Nabatean script (circa 50 BC). 11 Square Jewish script from the 9th - 10th centuries (Oriental style). 12 Square Jewish script from the 13th - 15th centuries (Sefaradic style). 13 Square Jewish script from the 14th - 15th centuries (Ashkenazic style). 14 Contemporary square Jewish script. → Hebrew scripts

文字構成

いわゆるアルファベット順は,ヘブライ語以前にすでに決まっていた。ラキシュから出土した前 8 世紀前半の陶片群の中には,古ヘブライ文字をアルファベット順に書いたものがある。「聖書」にはアルファベット詩(acrostic)と呼ばれる詩(ナホム書:2-8,詩篇 9/10,25, 34, 37,111,112,119,145,箴言31:10-31,哀歌1-4)があり,これは,各行または各節の最初の字母がアルファベット順になるように作られている。 → 松田

ヘブライ子音字母


a:字母に上線もしくは下線のあるものは対応する摩擦音を表す(すなわち,識別記号付のテクストにおいて,ダゲシュ(dāḡēš)やラフェー(rāpē)のないもの)。 表は → Goerwitz による。

母音

母音専用の字母はないが,すでに前 10 世紀頃から,声門音と半母音を表す字母(',h,y,w)は,語頭以外の位置では母音を表す場合も起こっていた。この 4 字母はその後急速に母音表記に転用されるようになり,紀元 100 年頃に成立したヘブライ語聖書では,音節頭以外の位置で,いずれも 2 つ以上の母音音価をもっていたと思われる。字母が母音を表しているとき,それをラテン語で mater lectionis 「読み方の母」と称す。 → 松田

マソラ符号

上記のように聖書の子音本文では,同一字母が子音をも母音をも表しうるし,母音表記にも一定の規則がなく,また,すべての母音が表記されるわけでもない。こうした状態に対処し,表音を明確にして解釈の曖昧さを除去するため,シリア文字の例にならってヘブライ文字にも補助符号をつける試みが起こった。おそらく 5 ~ 6 世紀のメソポタミア地方のバビロニア式,パレスチナで作られたパレスチナ式,最後(10 世紀)に完成した完全なティベリア式のマソラ(massorah 「伝承」)符号が知られている。


次は,マソラ符号のついた「シュトゥットガルト版ヘブライ語聖書」

Biblia Hebraica Stuttgartensia: Genesis 11:1-9BHS

ヘブライ文字の非ユダヤ系言語への適用

ヘブライ文字は,異教徒の言語をユダヤ風に作りかえたいわゆる「ユダヤ諸語(Jewish languages)」の表記にも用いられる。ヘブライ文字で書かれる「ユダヤ諸語」は,ユダヤ人が流浪の過程で作り出した混合言語(fusion language)であり,次の非ユダヤ人の言語をベースとしている。(1)アラム語,(2)クルド語,(3)アラビア語,(4)ベルベル語,(5)ペルシア語,(6)タート語,(7)グルジア語,(8)クリムチャク語,(9)ギリシア語,(10)イタリア語,(11)スペイン語,(12)プロヴァンス語,(13)フランス語,(14)ドイツ語,(15)カライム語。 → 上田

アラビア語

7,8 世紀に,アラブ人が東はバビロニアから西はスペインに至るまでの地を征服した結果,アラビア語が口語となったため,そこに住んでいたユダヤ人も徐々にアラム語を捨ててアラビア語(中世アラビア語)を話すようになった。しかし,書き言葉については,話し言葉風のアラビア語をヘブライ文字で記した。ユダヤ人の知識層は別として,民衆にはヘブライ文字が読みうる唯一の文字であったからである。15 世紀以降今日に至るまでユダヤ・アラビア語は後期(近代)ユダヤ・アラビアとして,近東および北アフリカにおいて使用される。 → 上田 → Hary

Late Judeo-Arabic

ペルシア語

ユダヤ・ペルシア語(別名 ジーディー(Dzhidi))は,イランのユダヤ人の言語である。旧ペルシア帝国のユダヤ人社会で話される,インド=イラン系の言語や方言を包括的にジーディーと呼ぶ場合もある。狭義では,テヘランとマシュハド一帯のユダヤ人社会で話されているユダヤ訛りのペルシア語方言だけをジーディーという。トーラーの言語(ヘブライ語)に対して,ラートラーイー(Latorayi)つまり「非トーラー(の言語)」と呼ぶ場合もあるが,これは硬い表現である。ユダヤ人の言語の中にペルシア語が流入した歴史は古く,ヘブライ語聖書にまで遡ることができる。バビロン捕囚以降の章を見ると,固有名詞や題名に,ヘブライ語やアラム語と並んでペルシア語が現れることがわかる。 → Widipedia ジーディ。 → 右図:Judeo-Persian version of the 15th-century Persian classic, Yūsuf o Zuleykhā, by Jāmī. New York, Jewish Theological Seminary. Ena 1440 T. 77. Encyclopedia Judaica, Vol. 10.

ギリシア語

ユダヤ・ギリシア語とはロマニオット(セファルディムがギリシアに定住する前,ヘレニズム時代からギリシアに住んでいたギリシア系ユダヤ人)の言語。別名イェヴァン(Yevanic)語。イェヴァンとはイオニアンの訛りである。言語としての起源はヘレニズム時代のコイネーにあるが,ヘブライ語の要素も持っている。ギリシア語との差異は少なく,非ユダヤ系のギリシア人にも理解可能である。ロマニオットたちは,独自に工夫したヘブライ文字でギリシア語とユダヤ・ギリシア語を表記した。 → Wikipedia ユダヤ・ギリシア語。→ 図:Jewish Languages, 132 Johann Christoph Wolf

Judeo-Greek / Yevanic / Romaniote Johann Christoph Wolf (1683-1739, Hamburg) Bibliothecae Hebraeae

スペイン語

スペインでのアラブ人の勝利(711)の後,スペインのユダヤ人たちは徐々にアラブ化した。しかし,レコンキスタ(国土回復運動)により,ユダヤ人はアラビア語を捨ててスペイン語(カスティーリ方言)を話すようになった。スペインから追放されたユダヤ人は,流浪先でも追放時のスペイン語に固執し,セム語要素のほか,居住先の言語の語彙を多数取り込んだ。ジュテズモ語も 20 世紀初め以降は別として,たいていは「ラシ体」のヘブライ文字が用いられた。→ 上田

Judeo-Spanish / Ladino / Judezmo


イタリア語

ユダヤ・イタリア語は,10 世紀からローマや中部イタリア・北部イタリアに居住するユダヤ人コミュニティーで使用された言語で,ヘブライ文字を用いて記述した。

Judeo-Itarian / Italkian Avadim Hayinu Judeo-Italian 1716


プロヴァンス語

ユダヤ・プロヴァンス語(Judeo-Provençal,シュアディート Shuadit שואדית,Chouhadite,Chouhadit,Chouadite,Shuhaditとも)はフランス南部のプロヴァンス地方で話されていたユダヤ語。シュアディートで記された最古の文書は 11 世紀のものだが,異端審問によって話者が激減した。最後の話者であるアルマン・リュネルが 1977 年に死亡したため,シュアディートは死語となった。プロヴァンス地方にユダヤ人が住んだ記録は紀元前 700 年,バビロン捕囚の後に遡るが,シュアディートの起源はまだ解明されていない。この地に住んだユダヤ人は,プロヴァンス語をヘブライ文字を用いて記すようになった。 → Wikipedia シュアディート

Judeo-Provençal 14 世紀に書かれた祈禱書の一部。Encyclopaedia Judaica vol. 10

フランス語

フランス北部の他に,マインツやフランクフルトやアーヘンなど,ドイツ西部でも話されていた。

Juadeo-French / Zarhatic

ドイツ語

イディッシュ語は高地ドイツ語,とくに南ドイツ語方言,中部ドイツ語方言をペーストし,それにセム語要素が加わり,その後 12,13 世紀から 15 世紀にわたって,ユダヤ人が中・東欧に移り住んでからは,チェコ語やポーランド語,また,近・現代に入ってからは,ウクライナ語,ロシア語等が加わったものである。イディッシュ語の口語は 10 世紀頃に生まれたものと考えられるが,ヘブライ文字による最古の文献は 1272 年のヴォルムスの祈禱書の中に見られる。今日の正書法に関しては,YIVO 方式(イディッシュ学術文化研究所が制定)と旧ソ連方式の 2 つがあり,前者が一応,標準的な正書法と考えられている。 → 上田(2001)

Yiddish / Judeo-German

カライム語

カライム語とは,ヘブライ語の影響下に成立した,北西語群に属するテュルク諸語の一つで,リトアニア,ウクライナ南部,クリミア半島などで用いられた。

Karaim / KaraiteThe Lord's Prayer, St. Petersburg, 1870.(リンク切れ)


ヘブライ文字コンピュータ処理

ヘブライ文字フォントサンプル


書体フリーフォント
1活字体TITUS Cyberbit Basic [Unicode] [Download]
2転字
3古ヘブライ文字 (前 10 世紀頃~)Paleo Hebrew [Download]
4ゲゼル農事文 (前 10 世紀)Gezer Calendar [Download]
5モアブ(メシャ)碑文 (前 9 世紀)Moabite Stone [Download]
6サマリア陶片 (前 8 世紀)Samaria Ostraca [Download]
7シロアム壁文(前 8 世紀)Siloam Stone [Download]
8印章(前 7 世紀)Hebrew Seals [Download]
9ラキシュ陶片(前 6 世紀)Lachish 5 [Download]
10死海文書(前 1 世紀)DSS Scribal [Download]
11サマリア文字 (後 13 世紀)Samaritan [Download]
12ラシ書体 (後 15 世紀)RashiAmiti [Unicode] [Download]
13現代筆記体Dybbuk [Unicode] [Download]

各種フリーフォント
http://www.wazu.jp/gallery/Fonts_Hebrew.html
http://oketz.com/fonts/
http://scripts.sil.org/EzraSIL_Home

ユニコード

ヘブライ文字のユニコードでの収録位置は U+0590..U+05FF である。


入力方法

ヘブライ語用キーボードを設定すると,タスクバーにはヘブライ語を表す「HE」が表示される。仮想キーボードおよび入力方法については 多言語環境の設定 を参照。マソラ符号などの入力方法のヒントは,キーボード配列ヘブライ文字パッド を参照。


関連リンク・参考文献

[最終更新 2018/10/20]