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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

ナシ象形文字

中国雲南省に居住する納西(なし)族が用いる象形的表意文字。以前は,モソ文字と呼ばれていた。この文字は,民衆が日常生活において用いるものではなく,ナシ族の宗教的活動にあたって,トンパ(東巴)と呼ばれる巫師が使うために「トンパ(東巴)文字」とも呼ばれている。基本的には表意文字であって,象形字形が主体をなし,同音仮借による運用が広くおこなわれている。

ナシ象形文字はナシ語西部方言地区にその分布地域が限定され,東部方言地域には知る人がいない。この 2 地域の西部方言と東部方言の話し手を納西(ナシ)人と摩梭(モソ)人に分ける方法がおこなわれている。その地域は大体それぞれの信仰する宗教,すなわち東巴教と達巴(ダパ)教の分布地と一致する。前者の地域でトンパ文字の他にナシ族が用いる文字,表音字ゴバ文字(哥巴文字),ラルコ文字(阮可文字),マリマサ文字(瑪麗瑪沙文字)が使われ,後者の地域にダパ文字(達巴文字)がある。

トンパ文字で書かれた古籍は,中国内外でおおよそ 2 万冊あるといわれる。そして,その種類は 1,500 種ほどあり,ナシ族の言語文字,宗教民俗,社会歴史,天文暦法,医療衛生,文学芸術,哲学思想,民族関係などを研究する重要な資料であり,いわば古代ナシ族の百科全書である。

ナシ象形文字の造字法

六書の構成タイプ

ナシ文字全体について,字形の構成タイプを六書(4つの造字の原理と,2つの転用の法)の観点から分析したものを次の表に示す。

中国民族古文字研究会

注音字

ナシ象形文字の字形は,六書を以って一応分類できるけれども,ほかに,特有の造字の原理として,注音字,転意,字形変形法,おおよび合文という範疇がある。

象形文字のみでおおよその意味は分かるがさほど明瞭でない場合に,その単語の発音を示す字形を余分に加える,たとえば,かぶとをつけて手に槍を持つ形で「兵士」の意味を理解できるが,さらに「兵士」の発音を示す別の文字,ここでは「ざる」の象形字をつけてその意味をはっきりさせる方法が,ナシ象形文字にある。

六書の形声字とは違って,意符が主であり具体的にその字形だけでも特定の意味を指示し,音符はつけたしで実際上なくてもよい。ナシ象形文字では,この種の文字がかなり多く使われる。

転意字

自身トンパであり著名な納西文化研究者である和志武は,転意字と称する運用法を指摘している。それは,本来の意味の他に,それと関連した別の意味の指示にその字形が転用される場合で,いわば 1 字多意(多読)を指している。/p>

字形変形法

ナシ象形文字には,本来の字形を逆さまに書くとか,折り曲げるとか,いろいろな手段で変形して派生的意味を表現する約束がある。代表的な約束を整理すると,以下の 9 つほどの項目になる。漢字には該当する手段は 1 つもない。

合文

次の図は「天地開闢」を表わす 1 字であり,意符 2 つ(mɯ33 「天」と dy21「地」)と音符 2 つ(thṿ33「桶」とkhu33「門」)が組み合わされていることになる。これを 1 字形として扱うならば,合文と見たほうが便利である。

中国民族古文字研究会

ナシ象形文字の特徴

多量に残るナシ象形文字典籍は,内容が豊富で,納西族の古代文化を研究する上で重要であり存在意義が大きいが,正しく読み解けるのは巫師のみである。文字の使い方には顕著な特徴がある。言葉のすべてを書かないこと,助詞などは読むときに巫師が補うこと等である。そして,あくまでも写実的で,太陽のように常に上にあるものは上方に書き,大地のように下にあるものは下の方に書く。言葉の線条性とは相関しないのである。その上,字形には標準形はなく,字数も決まっていない。巫師が,必要に応じて独自の字形を追加していけるのである。

文書例

ナシ象形文字の発見

ナシ象形文字が学会に知られるようになったのは,カトリック派のチベット伝道団のオーギュスト・デゴダン神父が,1867 年,ナシ象形文字を発見入手し,ヨーロッパへ持ち帰ったことによる。

デゴダンの発見したモソ文字経典

経典

ナシの経典には二つの特徴がある。第一には,各ページが数段に区切られ,各段がさらに数齣に仕切られている。第二の特徴は,チベット経典であれば,各ページ自体はばらばらになっているが,ナシ経典では,左端または上方中央の部分が糸で綴じられている点である。
〈右上〉は三段の横綴じ経典,〈左上〉は六段の縦綴じ,〈下〉は四段の横綴じ経典。

『延寿経』

ナシ族の『延寿経』は,仏典のようにこの経文をくりかえして唱えれば,計り知れない功徳があるといった種類の教えを書き記したものではない。もともと,100 年までは生き延びうる権利をもっていた人間が,なまけ好きの性格のため神様の寿命分配に時期を逸して,一度は 5 年に縮まってしまうが,鶏と寿命を交換してもらって,ふたたび 100 年の年限を得るようになった経緯を述べた物語である。

『延寿経』はつぎのような文言ではじまる。

天には星宿(ほし)が輝き,今日は星宿はもっともよく,地には青草(くさ)が生え,今日の青草はもっとも緑(あお)い。


『洪水物語』

ナシ族の洪水物語は,「兄弟姉妹が通婚したために,天地を汚し神の怒りをかい,大洪水を引き起こしてしまう。人類はそのために死滅するが,兄弟の中でもっとも心がけのよい一人だけが,神の助けによって生き残り,天界との交渉に苦労を重ねた末,天女と夫婦になって人類の祖先になる」という運びである。

次の,ナシ象形文字経典『洪水物語』1 齣全体の意味は,「真と実が来たり変化して,そこから輝いた緑松石(トルコ石)が出てきた」を表現している。上段 2 齣目には,8 つの字形が使われる。

個々の文字は次のようになる。

1「真」,2「来た」,3「実」,4「よもぎの葉の象形」,5「蛙の象形」6「変化する」7「緑松石」(トルコ石の象形),8「出る」(木桶の象形)

上例では,「来る」が「実」よりも先に書かれている。(王超鷹)

東巴文経書(扉画経書)

中国民族古文字研究会编

東巴文注音語文《三字経》

中国民族古文字研究会编

東巴巴挌卜図譜

中国民族古文字研究会编

「僕は君を心の底から…」

王超鷹

杜牧「山行」

東巴文字による杜牧「山行」(枠の下に国際音標が添えてある)。







 





 





 





佐野賢治(2004)「ナシ(納西)族文化の象徴・東巴文字」『アジア遊学』(63)(勉誠出版)

神路図

納西族の伝統的な葬式では,神路図を棺から玄関までかける。ボン教時代の言い方ではこの図像のことをゾバ(白い橋)といい,この世からあの世にかけられた橋を意味した。図は,神路図の内容の一部(右の二図は図像,左は象形化されてあらわされている)出典:佐野賢治:上掲書

白蝙蝠取經記

封靣


経文第 1 節

傳懋勣(1981)「納西族图画文字《白蝙蝠取經記》研究」 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 [編]『アジア・アフリカ語の計数研究』第 17 号

纳西族の諺

中国語、英語、納西語対照

郭大烈(1998)『纳西族谚语--科空 = proverbs of the Naxi nationality』(云南民族出版社)

経典の作成

東巴経典は,「東巴紙」と呼ばれる伝統的な製法で漉いた紙を使用する。その紙に,竹を細く尖らせて作った筆で文字を記していく。墨はおもに,燃料とする松の木の煤を鍋の裏から集めて,それに動物の胆汁と脂を加えて作る。中には鉱物や植物から採取した顔料で彩色する場合もある。

東巴紙の紙漉きに使われる原料は,中国語では「荛花」,日本語ではキガンピ、キコガンピと呼ばれる高さ 1 m,直径 4 cm 程の潅木の樹皮である。和紙製法と同じように,樹皮を削いで煮て漉いて紙を作る。その紙は,木の皮のように厚く丈夫な用紙で両面に書くこともでき、書籍害虫にも強く長い保存にも耐える。

丽江东巴文化学校编(2003)『纳西象形文字』(云南人民出版社)

[最終更新 2017/10/20]